親鸞聖人の生涯
〜『顛倒』連載版〜第51回
聖人が五十歳を過ぎた頃でしょうか、鹿島・行方地方を教化されました。
与沢という里を通りかかった時、聖人を待ち受けていた平田某という村人が「私の妻がしばらく前に難産で亡くなりました。
流転しているのでしょうか、亡き妻の魂が夜毎やってきて、はげしく泣き叫びます。
さまざまな追善供養をしましたがまったくその徴がありません。
どうか弔うことで、迷っている妻の魂を救って下さい」と泣く泣く申し上げました。
聖人は聞き終わると「尽十万無碍の光明が届かぬところはありません。その光明が照らさぬ罪もどこにもありません。
どうして救われないことがありましょうか」と言って、その男の家に入りました。
まず小石を集めて、その一つ一つに浄土三部経の文字を記して、妻の墓に埋めて三日間の弔いをしました。
二日目の夜に亡き妻がうるわしい姿で現れて、聖人に向かって繰り返し頭を下げて申すには「私はすぐれた師のお力によって、
速やかに血盆を出て清浄の国に往生しました。たとえ骨を砕き身を砕いても、このご恩に報いることはできません」と礼を述べ、
一家の者たちに告げて「この聖人は生身の仏陀です。
私のために深くこのご恩に報いてください」と言い終るや、影のように消え去りました。
それからというもの、平田某は仏恩讃嘆の心が日々深まりました。
聖人はそのあつい信心に応えて、阿弥陀如来の絵像をお与えになりました。
−−−【正明伝より】−−−
○<住職のコメント>
「小石にお経の文字を書いて埋めるなどは、おまじないで迷信だ。」とか、
「亡き妻が現れるのは、ウソだ」とか「亡き妻の言葉の、骨を砕き身を砕いてもなどは、恩徳讃の言葉に似ていて出来すぎた話だ」と、
『正明伝』批判の理由とされる記述の一つですが、私は、関東での親鸞の布教の様子を行き生きと述べられている記述であると思います。
実際どうでしょうか。現代でも、このような「思い」でお坊さんにお願いに来られる方は多いのではありませんか。
具体的に「化けて出る」とまで言う方は少ないでしょうが、「お坊さんにお勤めしてもらっておかないと何か気になる」という方が大多数でしょう。
いやむしろ、それこそがお坊さんの存在意義だと、私は思っています。要は、そこから始まるのかどうかです。
ここで私は、『正明伝』の「追善供養をしてもダメだった」という記述に注目します。
そうです。追善に終わっていては、仏事にならないのです。
このお話しの夫婦の間にも、言葉に言えないほどの、いろんないきさつや思いがあったのでしょう。
夫の、その無念の思いが妻を留めているわけですが、それほどの事が「追善」くらいで済むわけがありません。
追善という形で始まるのでしょうが、それが「仏事」に転じていくかどうかが、一番大切なところです。
すなわち、「先立たれた方は、尽十方無碍光の、大いなるいのちの世界・浄土に還られて、諸仏のお一人となられて、自分を観ていておられるのだ。
何時どこで何をしていても、いつも自分の行き様を問うて下さっているのだ」という、
「佛」としての妻に出会う事が願われていると気づいた時、夫もまた大いなるいのちの世界・浄土で、
またその世界を言葉で表現する「南無阿弥陀仏・念仏」の中で、いつでも妻と出会っていけるのだという大安心が生まれたのです。
―――以上『顛倒』2012年8月号 No.344より―――
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