親鸞聖人の生涯

〜『顛倒』連載版〜

 第13回

愚禿悲歎述懐

(淨土眞宗に歸すれども 眞實の心はありがたし
   虚假不實のわが身にて 清淨の心もさらになし 愚禿悲歎述懐)

 出家して二十年。比叡山上の修行は、はげしい苦闘の連続であった。 ひたすらに仏道を歩まんとして苦行された。その学修を支えたものは、ひとえに、 人間のふるさとを求める、本能の叫びにひきずられて、仏道に徹しようとつとめる、 ひたむきな心であった。聖人が、仏教について学びとられた態度は、正直な心で、 人間の姿をみつめつづけられたということであろう。そこには、当然、わがたどりつつある道は、 果してわが本心にかなう道であろうかという疑問がうまれた。 その疑いをはらすことが、聖人の一生の問題であった。

 いま、自分が、歩みつつあるこの道は、まちがいなく、人間の真の故郷につづいてる道なのかどうか。 荒野のなかを、まっすぐに、故郷を求めて歩いてるつもりが、実は、いたずらに、同じところを、 同じところを、むなしくさまよつているにすぎないのではないのか。

聖人の苦悶は、身心の成長とともにふかまつていつた。

―――より―――

           

 ○<住職のコメント>

 今月の場面は、比叡山を下りる決心をされるところですが、 親鸞さんという方は本当に自分自身に厳しい方だなぁと、つくづく思います。 この時生まれた"疑い"をはらすために山を下り法然上人の吉水教団に加わった。 その喜びを、その著書『教行信証』の後序に「建仁辛(けんにんかのと)の酉(とり)の歴(れき)、 雑行(ぞうぎょう)を棄てて本願に帰す」と、高らかに言われるのです。

しかし、上の『愚禿悲歎述懐』にあるようにそれがまた「虚假不實のわが身」と 疑問だらけになっていきます。「本願に帰す」と言われた時が29才。 「清浄の心もさらになし」と言われた時が、最晩年の86才ですから、 まさに"一生の問題"として抱え続けられたということです。

すぐに「ナンマンダ仏(ブツ)を喜んでいます」と言ってしまう私達との違いを思います。

―――以上『顛倒』08年11月号 No.299より―――

真実の言葉メニュ

次へ

Copyright © 真宗大谷派瑞興寺  このサイトの著作権は真宗大谷派瑞興寺に帰するものです。無断転用転載禁止。  ご連絡E-mailは コチラまで